「はぁ・・・」 若い娘は京の町を歩きながら、小さなため息をつく。昼間とは言え真冬の今、そのため息は娘の口元を白く包み込む。 「今日は特に寒いなあ」 この冬いちばんの寒さの今日、冷たい北風が彼女に襲い掛かる。 「早く、藤姫ちゃんの所に行こっ」 そう言って娘は、足早に目的の場所へと向かった。 ![]() 寒空の下を足早に歩いた娘は、ようやく目的の場所についた。 そして建物の中に入り、目の前にいる幼い少女に話し掛ける。 「藤姫ちゃん、こんにちは」 「神子様、お待ちしておりましたわ」 そう、若い娘とは龍神の神子・・・あかねの事であった。 あらかじめ藤姫宛てに文を届けてもらっていた為、藤姫は驚く事も無く笑顔であかねを出迎えた。 「今日はご相談があるとか」 「そうなの。もう藤姫ちゃんしか相談できる人がいなくて」 そう言って、深刻そうな顔をしたあかねは藤姫に相談を始める。 「あのね。最近、胸が苦しくて・・・眠れないんだ」 「お体を悪くされましたか?」 「違う・・・と思う」 あかねの顔がみるみる曇っていく。そして、彼女の瞳は潤んで涙がこぼれだす寸前にまでなってしまっていた。 「ただ、あの人の事考えると苦しくて」 「まぁ・・・」 とうとう、あかねの瞳からは涙が零れてしまった。 その涙を、藤姫は自分の衣の袖でそっと拭い取る。 「神子様、泣かないで下さいませ」 「藤姫ちゃん・・・」 泣かないで・・・と言う藤姫の優しい言葉に、あかねはさらに泣き出してしまった。そのまましばらく、あかねは藤姫の胸で泣き続けた。 「藤姫ちゃん、どうしてこんなに胸が苦しいのかな?」 「それはきっと、恋煩いですわ。」 藤姫は、そうはっきりとあかねに伝えた。 「こい・・・わずらい?」 「そう。神子様があの方に恋しているから、苦しくなるのですわ」 「そ、そうなのかな?」 「きっと、そうだと思いますわ」 「私が、あの人を好き・・・?」 自分は、あの人に恋している・・・・・ 思ってもいなかった事を藤姫に言われ、あかねは途惑う。 「そうですわ、今からあの方にお会いになってみられては?」 「え・・・えぇっっ」 今、あの人に会う・・・そんな事出来る訳ない。 自分の気持ちに確信が持てなかったあかねは、本当に彼に会ってもいいのだろうかと戸惑っていた。そんな彼女に藤姫は・・・・・・ 「今あの方とお会いして、お気持ちを確めるのも良いと思いますわ」 「そっか・・・そうだよね」 自分の気持ちを確める・・・それも良いかもしれない。 このまま胸が苦しくて眠れぬ日々を過ごすより、その方がきっと良い。 あかねは藤姫のおかげで、そう思う事が出来たのだった。 「今、こちらにお呼びしましょう」 「ありがとう。藤姫ちゃん」 そう言って藤姫は、あかねの思い人への文を使いの者に託した。 * 文は、無事にあかねの思い人の所へと届けられた。 夕刻になると、使いの者と共にその男が藤姫の元へやって来た。 「藤姫ちゃん、どうしようっっ」 「神子様、大丈夫ですわ」 いざその男に会うとなると、緊張が止まらない。あかねは、自分より小さな藤姫の背に隠れようとする。 あかねの心臓がドキドキと高鳴るその音は、藤姫にも聞こえていた。 「このドキドキ、やっぱり私・・・」 「あの方を、心からお好きなのですね」 「そう・・・なんだと思う」 「さあ。今の気持ちを、そのままお伝えになって来て下さい」 そう言って藤姫は、あかねを笑顔で送り出す。頑張って下さいね・・・と言って、優しく背中を叩きながら。 そして彼女は、藤姫の元から離れる時に言った・・・・・・ 「本当にありがとう」 「いいんですよ、神子様」 「藤姫ちゃんのおかげで、自分の気持ちが分かったよ」 「あの方は、あちらの部屋で待っていますから」 あかねは、思い人の元へと駆け出していった。 そして、その人のいる部屋の中へそっと入って行く・・・・・・ 「あ、あの。私・・・っ」 頬を赤く染めていつもとはまったく違う、緊張しているその神子の姿と表情に、その部屋にいた男は驚いていた。 そしてあかねは、自分の想いをそのままに伝える。 「私、あなたが好きですっ」 「・・・・・・」 突然の神子の告白にその男は無言のまま、さらに驚いた表情になった。 しかしその後すぐに、にっこりとあかねに微笑みかけながら言った・・・・・・ 「―――――」 思い人のその言葉は、あかねの心に強く響いた。 「本当に・・・?」 そう言って嬉しそうに微笑んだ。彼も自分と同じ想いを持っていた・・・それだけであかねは幸せになった。 「嬉しい・・・」 その後は・・・言うまでもないだろう。 恋煩い。それは、恋い慕う気持ちがつのって起こる病気の事。 そんな言葉は、いつしかあかねの中から消えていた・・・好き≠フ気持ちに気付くきっかけは、人それぞれなのかも知れない。 藤姫は神子と神子の愛する八葉の幸せを心から祈り、見守っていた。 【完】 |