とても小さな魚がいた。 とても小さな・・・小さな魚が・・・・・ ![]() 暗い水の底に、一人・・・小さな魚がいた。 水の中では生きていられるけれど、一人は寂しい・・・地上に上がりたい。 「寂しいのは、嫌・・・」 小さな魚はそう思った。 そして、水の外へと行く決意をした。 真っ暗な水の底から、小さな魚は地上を目指す。 そして、光が差し込める水面が見えて来た。 「もうすぐ、外の世界だ」 小さな魚は、近づき行く光に満ちた地上の世界に、喜んでいた。 水面に着くと、ずっと夢見ていた地上が見えた。 けれど、小さな魚は・・・ 「やっぱり、上がれない」 水の外へ行けば、私の命はすぐに消えてしまう。 私は、どうしたらいいの・・・どうしたら・・・・・ 小さな魚は悲しみ・・・涙を流して泣いている。 その時・・・今まで自分がいた、暗い水の底から声が聞こえた。 ―――――君は、私に溺れていればいい あなたは、誰・・・ あなたは、どこにいるの・・・ 小さな魚は、その声の主を探す。 「お願い、返事をして」 小さな魚は、悲しい声でそう叫ぶ。 すると・・・また、水の底から声がした。 ―――――私の名は、トモマサ・・・ そう・・・あなたの名前は「トモマサ」と言うのね。 小さな魚は、水の底で初めて自分以外の誰かと話した。 その事だけで、少し幸せになっていた。 けれど、小さな魚は気がついてしまった。 私はただの小さな魚・・・名前はないのだと。 「私には、あなたに伝えられる名前はないの」 小さな魚は、悲しそうにそう言った。 そしてまた・・・涙を流して泣いてしまう。 ―――――私が、君に名を与えよう 水の底から聞こえる声の主は、小さな魚にそう言った。 小さな魚は、泣くのをやめた。 「本当に、私に名前をくれるの?」 小さな魚は喜び、自分の名を「トモマサ」に尋ねる。 すると・・・・・ ―――――君の名は、アカネ・・・ そう言って「トモマサ」は、小さな魚に名を与えた。 そして、名を与えられた小さな魚は・・・・・ 「アカネ・・・私の名前は、アカネなのね」 名を与えられ、小さな魚は嬉しそうに声の主に幾度も確認した。 本当に、私の名前なのかと不安になったからだ。 「本当に、私にこの名前をくれるの?」 不安は、時がたてばたつほどに増していった。 小さな魚は、もう一度・・・声の主である「トモマサ」に尋ねた。 ―――――そう、君の名はアカネだ そう「トモマサ」は、力強く小さな魚に言った。 小さな魚・・・いや「アカネ」にだ・・・・・ 「本当なのね・・・」 嬉しさのあまり「アカネ」は、涙を流す。 しかし、ここは水の中・・・その涙は、水と一体化していた。 ―――――泣くな 泣いている「アカネ」に「トモマサ」は、声をかけた。 「だって・・・本当に嬉しいの」 そう言って「アカネ」は、涙を流しながら嬉しそうに笑った。 「・・・でも、どうして私に名前をくれたの?」 ふと、何故「トモマサ」は自分に名を与えてくれたのか。 その事が「アカネ」は気になって問うてみた。 ―――――それは・・・ すると、今まで冷静に話しをしていた「トモマサ」は、言葉を濁らせた。 「ねぇ、教えて・・・」 そう「アカネ」が言うと・・・・・ ―――――君を・・・愛しているからだよ 低く透きとおった声で「トモマサ」は言った。 「え・・・私を愛している・・・?」 突然のその言葉に「アカネ」は驚いていた。 ―――――私と永遠に・・・共にいてはくれないか 驚いて黙ってしまった「アカネ」に「トモマサ」はさらに言った。 その言葉を聞いた「アカネ」は少し考えてから、こう答えた。 「あなたといる」 初めてこの暗い場所で、生まれて初めて声を聞いた。 その声の主である「トモマサ」に「アカネ」は惹かれていた。 たとえ、姿が見えなくても・・・愛しさが溢れる。 ―――――ありがとう・・・ 共にいると言った「アカネ」に「トモマサ」は幸せそうな声で感謝した。 「でも、あなたは何処にいるの?」 いつまでも「トモマサ」の姿が見えないので「アカネ」は問う。 「あなたの姿が見たいの・・・」 愛しい人の姿が見たい・・・そう思うのは自然な事である。 ―――――私は、君の目の前・・・君の周りにいるよ 周りにいる。そう言われて「アカネ」は自分の周囲を見渡した。 暗闇の中を、必死に目を見開いて探してみた。 けれども「トモマサ」の姿は何処にも無かった。 「私には、あなたが見えないの?」 周囲を見渡しても「トモマサ」は見つからない。 もう「アカネ」は諦めかけていた。 ―――――私は・・なん・・ その「トモマサ」の声はとても小さくて「アカネ」は聞こえなかった。 一番大切な、その言葉が・・・・・ 「今・・・なんて言ったの?」 聞こえなかったその言葉を「アカネ」はもう一度問うた。 ―――――私は、水なんだよ 大切なその言葉を、そっと言った。 そう・・・「トモマサ」は水だったのだ。 「うそ・・・」 あなたは水なの。と「アカネ」は戸惑っていた。 ―――――嘘ではない。私は水・・・ 何度問うても、返ってくる言葉は同じだった。 しばらく悩んだ「アカネ」は思い立ったように言う。 「それでもいい」 たとえあなたが水でも、愛しい気持ちに変わりは無いから。 だから、永遠にあなたの側にいる。そう「アカネ」はきめたのだった。 ―――――君を愛することは、許されるのだろうか とても不安げな「トモマサ」の声が聞こえる。 「わからない・・・」 でも、たとえ許されなくても・・・・・ 二人の答えは同じだった。 ―――――君と一緒に、永遠の時をすごそう 優しい「トモマサ」の声が聞こえる。 「あなたとずっと一緒に」 思えば・・・私は、ずっとあなたといた。 そして、それはこれからもずっと・・・続いて行く。 ずっとあなたに溺れてさせていて。 私は、あなた無しでは生きられない・・・だってあなたは私の水だもの。 そう・・・私はあなたの中で泳ぐ小さな魚。 「魚」は「水」が無くては生きる事が出来ないの。 地上に上がって、枯れてしまうより・・・水の中で溺れてしまう方がいい。 「私も、あなたを愛してる」 だから、私を溺れさせて。 そして・・・私を溺れさせたまま、あなたの中で生かしておいて。 あなたさえいれば、この暗い場所に永遠にいても構わない。 ずっと、ずっと・・・あなたと一緒にいさせて。 私は、魚・・・あなたは、水・・・・・ 【完】 |