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京には古くから伝わる、不思議な桜の言い伝えがあった。 その桜は、人々に「恋」をするという事の素晴らしさを教え、京を幸せな気持ちで溢れさせたと言う。 満開に咲く、その桜の木の下で愛を誓い合った恋人達は、永遠の幸せを得たのだった。 今はただの言い伝えとなったが、本当にあった不思議な桜。 この世にたったひとつしかない恋桜≠フ物語・・・・・ ![]() 龍神の神子、あかね。そして神子を守る八葉の一人、泰明。 二人は鬼との戦いの後、お互いの気持ちを確かめ合い恋人となった。 初めての恋愛にぎこちない部分が多々あったけれど・・・それでも、とても幸せな暮らしに満足していた。 戦いなど忘れられた、平穏なこの京で・・・・・ 「泰明さん」 今まで、藤姫の所に行っていたあかねが、とても慌てた様子で泰明の元へと駆け走り帰って来た。 「どうした。何故そんなに慌てている」 「今、藤姫ちゃん素敵な話を聞いて・・・」 「何の話をだ・・・」 ある桜の木の言い伝えなんです・・・。そう言ってあかねは、藤姫に聞いて来た恋桜≠フ言い伝えを、泰明に話し始めた。 泰明は、あかねが真剣に話すその姿をじっと見つめながら、話を聞く。 「そうか・・・たしかに良い話だな」 泰明は、桜の言い伝えを話し終えたあかねにそう答える。 そんな泰明に彼女は・・・・・ 「とても素敵な話だったので、早く泰明さんに伝えたくて」 と・・・頬をほんのりと赤く染め、照れた表情で泰明を見つめる。 今は・・・寒い冬が終わり、暖かな春が始まってまもない頃・・・もうすぐ桜が咲こうとしている季節だった。 京にある、いくつもの桜のつぼみ達が・・・花開く時を、今か今かと心から待っている・・・・・ 「言い伝えが本当なら、見てみたいですね」 ふと、あかねがそう言った。 「そうだな・・・それなら、探しに行ってみようか」 「えっ、いいんですか」 泰明の思っても見なかったその言葉に・・・あかねは驚きつつも、とても嬉しそうにしている。 「ああ。古くからある桜なら、すぐに見つかるはずだ」 ただの言い伝えなら見つかるはずも無いのだが。と・・・心ではそう思いつつ、それでも泰明はあかねに、探しに行こうと言ったのだった。 たとえその桜が見つからなくとも、あかねの嬉しそうな笑顔が見られると思ったからだ。 「じゃあ、桜が咲いたら探しに行きましょうね」 「そうだな」 そうして二人は、約束をした。 桜が咲いたら探しに行こう・・・・・と。 * 「うわぁ、すごい綺麗ですね」 「ああ」 庭に咲く桜を見つめて、二人はその美しさに見入っている。 そう、いよいよ春本番。桜が満開となっていた。 「今日は晴れて、とても心地の良い日だな」 「そうですね」 二人は、美しい桜と暖かな日差しに、ほんわかとした気分でいた。 「そろそろ良い頃だな」 「えっ?」 ほんわかとしていた中・・・突然そう言った泰明に、あかねは何事なのかと途惑う。 「恋桜を探しに良くぞ」 そして泰明は、途惑うあかねの手を取り、外へと向かった。 「と、突然ですね」 外へと向かいながら、泰明にそう言うも・・・突然と出掛ける事になったので、あかねは驚きと嬉しさとが心の中で複雑に絡まっていた。 「そんなことはないぞ」 あかねの心は複雑になっていたが・・・そんな彼女とは逆に、泰明は淡々としていた。 「行くぞ」 そして泰明はあかねの手を引き、恋桜探しへと出かけて行く。 しばらく無言のまま、歩き続けていた・・・ただやみくもに歩いているのではなく、泰明が知る古い桜の木がある場所を見て周っているのだ。 しかし、どの桜も美しいことは美しいのだが、何か違う。 泰明は諦めかけていた・・・・・その時、泰明がふと足を止めた。 「どうしたんですか」 突然足を止めた泰明に、あかねはそう尋ねる。 そして、泰明の見つめる先を彼女は見た・・・・・ 「あっ」 二人が見つめるその先には、満開に咲くとても大きな桜の木があった。 その桜のあまりの美しさに、二人はただただ見惚れてしまっている。 「綺麗・・・」 この桜を見ていると不思議な気持ちになるな。と・・・その桜の美しさに見惚れているあかねに、泰明がいきなり小さな声で呟く。 「なんか、心が暖かくなるような感じがしますね」 「ああ」 その桜は、樹齢千年ほどの巨木であった・・・今まで見てきた桜とはまったく違う、その場に圧倒されてしまいそうになるほどの美しさだ。 二人は何もかも忘れて、心の底から見入ってしまった・・・ 「・・・これが恋桜≠ネのか。けれど、この木は前にも見たことがある」 何故・・・その時とは違うのだ。と・・・泰明は、以前にも見た事があるはずの桜が、何故こんなに違って見えるのか。 ・・・その事を考えていた。 「そうか」 その時、泰明は何かに気がついた・・・・・ 「お前・・・いや、あかねと共に見ているからだな」 泰明は、あかねを見つめながらそう言った・・・彼のそのとても真剣な表情に、あかねの頬は赤く染まった。 その頬の色は、まるで・・・桜を鏡に映しているかの様に淡かった。 「初めてあかね≠チて呼んでくれましたね」 「あ、ああ」 「嬉しい」 そのあかねの笑顔がとても可愛らしく、そして美しくて・・・泰明は照れていた。 「やはりこの木が恋桜なのだな」 「そうですね。泰明さんが私の名前を呼んでくれるなんて・・・」 きっと桜の力です。と・・・そう言ってあかねはクスッ≠チと笑った。 「も、もう少し側によって見てみないか」 泰明は慌てて話しを変えようとしたのだったが、少しだけ声が裏返ってしまった。 そのいつもとは違う泰明の姿に、あかねはさらにクスクスと笑っている。 「ふふ。そうですね・・・もっと近くに行きましょう」 あかねに笑われて、泰明は黙ってしまう。 「泰明さんって・・・」 「なんだ」 泰明に何かを言いかけるが、あかねは止めてしまう。 「い、いえ何でもないんです」 「そうか」 あかねは思ってしまった泰明さんって可愛いかも≠ニ・・・でも、そう思った事は、泰明には内緒にしておく事にした。 言ってしまったら・・・きっと、彼に怒られてしまうだろうと思ったからだ。 「行きましょう」 あかねは、泰明にそう言って・・・桜の方へと二人で向かう。 そんな中も・・・泰明さんは本当に可愛いな。こんな泰明さんが見れるのは私だけなんだ。と・・・あかねの心の中は幸せに溢れていた。 「わぁ・・・」 二人は、恋桜の真下に来た・・・そして、その大きな桜を見上げたあかねは、言葉にならないほどの美しさに感動していた。 「やっぱり近くで見るともっと綺麗ですね」 「そうだな」 二人はしばらくの間、桜を見上げていた。 そして、どれくらいの時間が過ぎたのかも分からないほどに時間がたった時・・・大きな桜の木を背にして腰掛けた。 「探しに来て本当に良かったですね」 「ああ」 満開に咲く桜の木から、花びらがふわりと落ちてくる中・・・二人は並んで腰掛けている。 「今こうして、泰明さんと二人でいる事が出来てすごく幸せです」 「私もお前と二人で幸せだ」 二人は穏やかな表情で、互いを見つめあい・・・語り合った。 「来年もまた、この桜を一緒に見れると良いですね」 「そうだな。あかね・・・」 きっと、次にこの桜を見に来る頃には二人の愛は深まっているだろう。 桜の花びら達がひらひらと美しく舞い降りてくるその春の和やかな光景の中、二人はお互いの肩をよせて穏やかに微笑んでいる。 とても暖かい幸せ≠ノ包まれながら・・・・・ 【完】 |