お前を探していた・・・終わりの見えないこの場所で。
ずっと探し続けているけれど、お前の姿はどこにもない。
お前がいない時間は、私の心を強く苦しめる。
お前は今どこにいる・・・・・早くお前に会いたい。
私はお前を永遠に探し続ける。









「きゃーっっ」


人の気配など無い、静かな京の朝に少女の悲鳴が響く。
都に響いたその声の主は・・・龍神の神子、あかねであった。
彼女は今、鬼に襲われていた。


「神子、大丈夫か?」


そこに突然、一人の男が現れる。


「はい、なんとか」


それは、龍神の神子を守る八葉・・・安倍泰明だった。
泰明はあかねに襲い掛かる鬼に、強い力を向けた・・・とても強い力に驚いた鬼は、その場から逃げようとする。


「鬼め・・・逃がさぬ」


すぐに泰明は、逃げようとした鬼の後を追おうとする。
その時・・・・・


「待ってください」


鬼を捕らえようとしていた泰明の腕を、あかねが慌てるように掴んだ・・・泰明は何故止められたのか分からず、彼女の顔を凝視する。


「何故止める」
「それは・・・」


あかねはどう答えればいいのか分からずに、そのまま黙ってしまった。


「何故だ」


黙ってしまったあかねに、泰明はもう一度問うた。
しかしあかねは、その問いにも答えることは出来なかった。
泰明も無言になり、そのままあかねを見つめ続けている。


「だって・・・」


沈黙の時間にこらえきれなくなったあかねは、言葉を探りながらとても小さな声で話を始めた。


「だって、泰明さんに何かあったら私・・・」
「何も問題ない」
「でも、心配なんです」


あかねはとても不安そうな表情で、泰明を見つめる。
しかし泰明はそんなあかねを全く気にしていない。
そんな風に二人がぎこちなく時を過ごしている間に、気がつけばそこに鬼の姿はもう無かった。


「逃げたか・・・」


そういつものように淡々と泰明は言った。
あかねは、鬼が去りほっとしていた・・・本当は泰明に何かあるとは思えないが、何故か心配でしょうがないのだ。
何故かは自分でも決して分からない・・・そんなもどかしさが、彼女の心の中にはあった。
その時、泰明が突然歩きだした・・・・・


「あっ、泰明さん何所に行くんですか」


あかねは、歩き始めた泰明の背中に向かって尋ねる。


「鬼はもういない・・・戻る」


泰明は、振り返らずに歩きながらそう呟き答える・・・その後を、あかねは必死でついて行った。
そして二人は、まったく言葉を交わさぬまま、帰路へと着いた。









「はぁ・・・」


自分の部屋へと着くなり、あかねは大きなため息をついた。


「やっぱりあの事≠ナ泰明さんに嫌われちゃったのかな」


自分が泰明を怒らせてしまったのではないか。と・・・彼女の頭の中はそんな心配でいっぱいだった。


「どうしよう」


あかねは、ますます落ち込む一方だった。









その夜 ――――――――――――




「泰明さん」
「何だ」
「私、泰明さんの事が・・・」


月明かりさえまったくと言っていいほど無いその夜、二人は少し距離を置いて、向き合っていた。
その光景は以前にも見たような。と・・・泰明は感じていた。


「泰明さんの事が、好きなんです」


そう、これは以前にもあった・・・あかねに、好きだと告白された日の出来事である。


「私はお前を、神子としか思っていない」
「そんな・・・」
「前にも言ったはずだ」


そう言うと、あかねの瞳からひとすじの涙がこぼれ落ちた。
声を殺して泣くあかねを見て、泰明が尋ねた。


「何故泣く」


泰明には泣く≠ニ言う感情がわからない。
だから、あかねが泣いているのはとても不思議な事だった。


「だって、泰明さんが好きだから」


あかねは、泰明の問いにそう答えた。
その時だった・・・・・


「何だ、これはっっ」


泰明は、自分の目の前に広がるその光景に驚いた。
突然あかねの周りから、時空の渦のような物が現れたのだ。


「これは、前とは違う」


泰明は明らかに前とは違うその光景に、少しではあるが戸惑ってしまっていると・・・突然その渦は、あかねの体を呑み込み始めた・・・・・・


「きゃーっっ」


あかねは、悲鳴をあげた。


「いやっ・・・」


その渦は、あかねをじわじわと呑み込もうとしていた。


「や、やす・・・あきさん、た・・・すけて」


あかねは、泰明に助けを求める・・・しかしその声は、苦しさからだんだん小さくなっていた。


「待っていろ・・・」


泰明は、助けを求めるあかねの腕を慌てて掴んだ。


「くっ・・・」


しかしその力は、予想以上に強かった・・・無情にもあかねの体は、みるみるその渦に呑み込まれて行った。


「行きたくない・・・泰明さんの側にずっといたい」


悲しそうな表情であかねがそんな事を言った時・・・泰明が掴んでいたあかねの腕がするりと抜けてしまった。


「いや〜っっ」


あかねは、泣き叫んだ・・・そんな彼女の姿を見た泰明は・・・・・


「あかね、行くなっっ」


泰明が、そう叫んだ時だった。
あかねの体は、完全に渦の中へと呑み込まれて消えてしまった。


「何故消えてしまった、あかね・・・」


泰明は必死になって、あかねを探した・・・終わりの見えぬその迷宮とも言える、回廊を・・・・・・


「何所にいる・・・」


彼女を帰せ。と・・・そう呟きながら、あかねを探す。
けれど、いくら探してもあかねの姿は何所にも無いかった・・・泰明は、絶望に苛まれていた。
その時・・・・・


「はっ・・・」


泰明が、勢いよく起き上がった。


「夢・・・だったのか」


そう・・・今までの出来事は、すべて夢だった。
泰明は夢だと気づき、ほっと息を撫で下ろした。


「何故あんな夢を・・・」


どうしてあんな夢を見たのだろうと泰明は疑問に思っていた。
そんな時、ふとある事に気が付いた・・・・・


「私は神子≠ナはなくあかね≠止めた・・・」


泰明は自分の心に問い掛けるように考えた。


「何故・・・」


泰明はさらに考え込んでしまう。


「何故あの時、彼女の名が・・・」


どうして彼女を、神子と言わずにあかねと言ったのだろう。と・・・そんな風に泰明の悩みはだんだんと増えて行ってしまった。


「私は・・・」


その時・・・泰明の心に、何かが咲いた。


「私は、彼女を・・・」


そして何かに気がついたように、泰明は立ち上がった。


「行くか」


泰明は心に何の迷いも無い表情で、歩き出した。









泰明は、ある部屋の前で無言で立ち止まった。
そしてその部屋の戸をそっと開けた・・・・・


「良かった」


その部屋に寝ている少女の寝顔を見て、泰明はそう小さな声で呟く。
少女・・・そう、あかねの事である。
泰明はあかねを起こしてしまわぬ様に、静かに彼女の枕元へ向かった。


「あかね」


あかねの穏やかなその寝顔を見て、ほっとした泰明の口からつい言葉が出てしまった。


「えっ・・・」


自分の名を呼ばれたあかねは、眠りから覚めた。


「・・・あれ、泰明さん。こんな時間にどうしたんですか?」


突然の訪問者にあかねは驚き、その訳を問うた。


「起こしてしまってすまない。夢を見たんだ」
「夢、ですか・・・」
「お前が、消えてしまう夢を・・・」


まだ真夜中と言う時間に、目覚めたばかりで少し寝ぼけながらも、あかねは泰明の話を真剣に聞いている。


「それで、来てくれたんですか?」
「ああ。心配になって眠れなくなった」


その一言で、あかねの目は完全に覚めてしまった。
泰明さんがこんな事を言ってくれるなんて。と・・・嬉しさのあまり、あかねの心臓は一気にドキドキと鳴り始めた。


「夢を見て気がついた事がある」
「なんですか・・・」
「私も、お前の事が好きだったみたいだ」
「えぇ・・・っっ」


泰明のその一言で、あかねの心臓は破裂しそうな勢いになってしまう。


「もう、遅いのか・・・」
「そ、そんな事ないです。今でもずっと泰明さんの事が・・・好きです」
「良かった」


真っ赤になったあかねにつられたのか、泰明の顔もほんのりとではあるが、赤くなったよう見えた。
その泰明の言葉や表情の数々に彼女は、もう昼間の事など忘れるくらいに幸せになっていた。
その時、あかねの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた・・・・・


「や、やすあきさん」
「どうした・・・」
「だ、だって嬉しくて・・・」
「泣くな。お前には笑顔が似合う」
「はい・・・」


あかねは、自分の着物の袖で涙を拭った。
そして泰明は、夢の中のあかねに言われた言葉を泰明なりに変えて・・・伝えた。


「お前とは離れたくない。ずっと側にいたい」


彼女が何処かへ消えてしまったら。それが・・・今、彼の中にある本当の気持ち、感情である。


「私もずっと泰明さんの側にいたいです」
「あかね・・・」


二人の顔は、そのまま近づいて行き・・・そして、お互いの唇がそっと重なり合った。
それが二人のあまい・・・甘い恋の始まり。


【完】






はい。加筆修正版として再アップしました。
修正するのも結構楽しいですね。はまりそうです(笑)
長い話だと、時間がかかって大変ではあるのですけどね。
色々と読みやすくなっていると良いなぁ。どうでしょうか。
お楽しみ頂けたのなら幸いでございます(041017)
↓感想送ってくれると嬉しいです(日記にて返信しています)
 

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