お前を探していた・・・終わりの見えないこの場所で。 ずっと探し続けているけれど、お前の姿はどこにもない。 お前がいない時間は、私の心を強く苦しめる。 お前は今どこにいる・・・・・早くお前に会いたい。 私はお前を永遠に探し続ける。 ![]() 「きゃーっっ」 人の気配など無い、静かな京の朝に少女の悲鳴が響く。 都に響いたその声の主は・・・龍神の神子、あかねであった。 彼女は今、鬼に襲われていた。 「神子、大丈夫か?」 そこに突然、一人の男が現れる。 「はい、なんとか」 それは、龍神の神子を守る八葉・・・安倍泰明だった。 泰明はあかねに襲い掛かる鬼に、強い力を向けた・・・とても強い力に驚いた鬼は、その場から逃げようとする。 「鬼め・・・逃がさぬ」 すぐに泰明は、逃げようとした鬼の後を追おうとする。 その時・・・・・ 「待ってください」 鬼を捕らえようとしていた泰明の腕を、あかねが慌てるように掴んだ・・・泰明は何故止められたのか分からず、彼女の顔を凝視する。 「何故止める」 「それは・・・」 あかねはどう答えればいいのか分からずに、そのまま黙ってしまった。 「何故だ」 黙ってしまったあかねに、泰明はもう一度問うた。 しかしあかねは、その問いにも答えることは出来なかった。 泰明も無言になり、そのままあかねを見つめ続けている。 「だって・・・」 沈黙の時間にこらえきれなくなったあかねは、言葉を探りながらとても小さな声で話を始めた。 「だって、泰明さんに何かあったら私・・・」 「何も問題ない」 「でも、心配なんです」 あかねはとても不安そうな表情で、泰明を見つめる。 しかし泰明はそんなあかねを全く気にしていない。 そんな風に二人がぎこちなく時を過ごしている間に、気がつけばそこに鬼の姿はもう無かった。 「逃げたか・・・」 そういつものように淡々と泰明は言った。 あかねは、鬼が去りほっとしていた・・・本当は泰明に何かあるとは思えないが、何故か心配でしょうがないのだ。 何故かは自分でも決して分からない・・・そんなもどかしさが、彼女の心の中にはあった。 その時、泰明が突然歩きだした・・・・・ 「あっ、泰明さん何所に行くんですか」 あかねは、歩き始めた泰明の背中に向かって尋ねる。 「鬼はもういない・・・戻る」 泰明は、振り返らずに歩きながらそう呟き答える・・・その後を、あかねは必死でついて行った。 そして二人は、まったく言葉を交わさぬまま、帰路へと着いた。 * 「はぁ・・・」 自分の部屋へと着くなり、あかねは大きなため息をついた。 「やっぱりあの事≠ナ泰明さんに嫌われちゃったのかな」 自分が泰明を怒らせてしまったのではないか。と・・・彼女の頭の中はそんな心配でいっぱいだった。 「どうしよう」 あかねは、ますます落ち込む一方だった。 * その夜 ―――――――――――― 「泰明さん」 「何だ」 「私、泰明さんの事が・・・」 月明かりさえまったくと言っていいほど無いその夜、二人は少し距離を置いて、向き合っていた。 その光景は以前にも見たような。と・・・泰明は感じていた。 「泰明さんの事が、好きなんです」 そう、これは以前にもあった・・・あかねに、好きだと告白された日の出来事である。 「私はお前を、神子としか思っていない」 「そんな・・・」 「前にも言ったはずだ」 そう言うと、あかねの瞳からひとすじの涙がこぼれ落ちた。 声を殺して泣くあかねを見て、泰明が尋ねた。 「何故泣く」 泰明には泣く≠ニ言う感情がわからない。 だから、あかねが泣いているのはとても不思議な事だった。 「だって、泰明さんが好きだから」 あかねは、泰明の問いにそう答えた。 その時だった・・・・・ 「何だ、これはっっ」 泰明は、自分の目の前に広がるその光景に驚いた。 突然あかねの周りから、時空の渦のような物が現れたのだ。 「これは、前とは違う」 泰明は明らかに前とは違うその光景に、少しではあるが戸惑ってしまっていると・・・突然その渦は、あかねの体を呑み込み始めた・・・・・・ 「きゃーっっ」 あかねは、悲鳴をあげた。 「いやっ・・・」 その渦は、あかねをじわじわと呑み込もうとしていた。 「や、やす・・・あきさん、た・・・すけて」 あかねは、泰明に助けを求める・・・しかしその声は、苦しさからだんだん小さくなっていた。 「待っていろ・・・」 泰明は、助けを求めるあかねの腕を慌てて掴んだ。 「くっ・・・」 しかしその力は、予想以上に強かった・・・無情にもあかねの体は、みるみるその渦に呑み込まれて行った。 「行きたくない・・・泰明さんの側にずっといたい」 悲しそうな表情であかねがそんな事を言った時・・・泰明が掴んでいたあかねの腕がするりと抜けてしまった。 「いや〜っっ」 あかねは、泣き叫んだ・・・そんな彼女の姿を見た泰明は・・・・・ 「あかね、行くなっっ」 泰明が、そう叫んだ時だった。 あかねの体は、完全に渦の中へと呑み込まれて消えてしまった。 「何故消えてしまった、あかね・・・」 泰明は必死になって、あかねを探した・・・終わりの見えぬその迷宮とも言える、回廊を・・・・・・ 「何所にいる・・・」 彼女を帰せ。と・・・そう呟きながら、あかねを探す。 けれど、いくら探してもあかねの姿は何所にも無いかった・・・泰明は、絶望に苛まれていた。 その時・・・・・ 「はっ・・・」 泰明が、勢いよく起き上がった。 「夢・・・だったのか」 そう・・・今までの出来事は、すべて夢だった。 泰明は夢だと気づき、ほっと息を撫で下ろした。 「何故あんな夢を・・・」 どうしてあんな夢を見たのだろうと泰明は疑問に思っていた。 そんな時、ふとある事に気が付いた・・・・・ 「私は神子≠ナはなくあかね≠止めた・・・」 泰明は自分の心に問い掛けるように考えた。 「何故・・・」 泰明はさらに考え込んでしまう。 「何故あの時、彼女の名が・・・」 どうして彼女を、神子と言わずにあかねと言ったのだろう。と・・・そんな風に泰明の悩みはだんだんと増えて行ってしまった。 「私は・・・」 その時・・・泰明の心に、何かが咲いた。 「私は、彼女を・・・」 そして何かに気がついたように、泰明は立ち上がった。 「行くか」 泰明は心に何の迷いも無い表情で、歩き出した。 * 泰明は、ある部屋の前で無言で立ち止まった。 そしてその部屋の戸をそっと開けた・・・・・ 「良かった」 その部屋に寝ている少女の寝顔を見て、泰明はそう小さな声で呟く。 少女・・・そう、あかねの事である。 泰明はあかねを起こしてしまわぬ様に、静かに彼女の枕元へ向かった。 「あかね」 あかねの穏やかなその寝顔を見て、ほっとした泰明の口からつい言葉が出てしまった。 「えっ・・・」 自分の名を呼ばれたあかねは、眠りから覚めた。 「・・・あれ、泰明さん。こんな時間にどうしたんですか?」 突然の訪問者にあかねは驚き、その訳を問うた。 「起こしてしまってすまない。夢を見たんだ」 「夢、ですか・・・」 「お前が、消えてしまう夢を・・・」 まだ真夜中と言う時間に、目覚めたばかりで少し寝ぼけながらも、あかねは泰明の話を真剣に聞いている。 「それで、来てくれたんですか?」 「ああ。心配になって眠れなくなった」 その一言で、あかねの目は完全に覚めてしまった。 泰明さんがこんな事を言ってくれるなんて。と・・・嬉しさのあまり、あかねの心臓は一気にドキドキと鳴り始めた。 「夢を見て気がついた事がある」 「なんですか・・・」 「私も、お前の事が好きだったみたいだ」 「えぇ・・・っっ」 泰明のその一言で、あかねの心臓は破裂しそうな勢いになってしまう。 「もう、遅いのか・・・」 「そ、そんな事ないです。今でもずっと泰明さんの事が・・・好きです」 「良かった」 真っ赤になったあかねにつられたのか、泰明の顔もほんのりとではあるが、赤くなったよう見えた。 その泰明の言葉や表情の数々に彼女は、もう昼間の事など忘れるくらいに幸せになっていた。 その時、あかねの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた・・・・・ 「や、やすあきさん」 「どうした・・・」 「だ、だって嬉しくて・・・」 「泣くな。お前には笑顔が似合う」 「はい・・・」 あかねは、自分の着物の袖で涙を拭った。 そして泰明は、夢の中のあかねに言われた言葉を泰明なりに変えて・・・伝えた。 「お前とは離れたくない。ずっと側にいたい」 彼女が何処かへ消えてしまったら。それが・・・今、彼の中にある本当の気持ち、感情である。 「私もずっと泰明さんの側にいたいです」 「あかね・・・」 二人の顔は、そのまま近づいて行き・・・そして、お互いの唇がそっと重なり合った。 それが二人のあまい・・・甘い恋の始まり。 【完】 |